春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
記憶喪失。

そうだ、私は忘れているんだ。

私が神苑の人たちに、紗羅さんにしてしまったことを。

半年前に起きた事故の詳しいことを。

これは憶測だけれど、私の夢の中に出てくる人のことも、忘れているんだと思う。

愛おしそうにこの名を呼んでくれる、琥珀色の瞳の青年のことも。


「記憶喪失だから何なのよ。大切なら迎えに来るんじゃないの?」


「その逆。大切だから、迎えに来ない」


「はぁ?」


聡美は意味が解らない、と首を横に振った。

りとの長い睫毛がゆっくりと下りて、紺色の双眸を瞼の裏に隠した。


「忘れたいから忘れたのかもしれない。忘れたままの方が幸せだろうからっていう理由。でも、その後が気になって仕方がないから、こうして古織を見守るよう、俺に命じたってわけ」


聡美は眉間に皺を寄せた。


「じゃあ篠宮は柚羽の護衛みたいなものなの?」


「…護衛ではないけど、まあ、意味合いとしては」
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