春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
(…その人は、りとに、お願いをしたんだ)


だから、りとは私に手を差し伸べてくれたんだ。

私の声なき声を聞いてくれるんだ。

全部、全部、お願いをされたから、私に関わっていたのか。


何だか胸の奥が騒めき、何かが身体中を駆け巡ったような感覚がした。何故なのかは分からない。


「古織、」


「(はい)」


名前を呼ばれた私は、ゆっくりと顔を上げた。
大きく瞬きをすれば、りとが優しく微笑んでいた。


「…俺がアンタの言葉を、声を聞いているのは、命令されたからじゃないよ」


「(え…)」


風や木々が戦ぐ音しか聞こえない空間に、りとの沓音が響く。

真っ直ぐに私の目の前へと歩み寄ってくる。


「俺には聞こえたから。今この瞬間も、この先も、俺はアンタの声を…言葉を、聞くから」


りとは口元を綻ばせると、私の頭をひと撫でした。

極めて短い時間、私に触れていた柔い温度は、ふわりと離れてズボンのポケットへと戻ってしまう。


「(りと…)」
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