春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
ありがとう、と前を向いてしまった背中に投げた。

りとは唇を見ていないから、今の私の声なき声は聞こえていない。

それでも構わない。

たとえ世界中の人々にこの声が聞こえていなくても、彼に届いているのなら。

それだけで、私はこの上ない幸せ者だ。


「柚羽チャン、僕も聞いてるからね?」


「(え?)」


くるりと身体を反転させれば、いつの間にか私の鞄も持ってくれていた諏訪くんが、窓辺に穏やかな眼差しを注いでいた。


「りとには負けるけど、頑張って聞くから」


その方が微かに赤く染まっていたのは、きっと夕陽のせいだ。沈んでいく太陽の光のせい。


「(ありがとう)」


早く、と先を歩き出したりとが催促してくる。

私は諏訪くんから鞄を受け取り駆け出した。


「(…どうして、死神なのかな)」


「柚羽チャン?」


私は首を横に振り、笑みを浮かべた。

あの人たちが諏訪くんを嫌っていることは知っている。

諏訪くんが彼らに何をしたのかは知らないけれど、私はこの目で見たものを信じたい。
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