春を待つ君に、優しい嘘を贈る。

ふりゆくものは

ああ、まただ。

また、あの夢をみている。

最早これが誰のための、何のものなのかは解らないけれど、綺麗なあの人に会える機会であると私は思う。


『柚羽…』


何度見ても、綺麗な人だと思う。男の人とは思えないくらいに、全てが綺麗。

気づけばその髪に触れていた。ほんの少し背伸びをして、青年の黒髪のひと房に手を添えていた。

やっぱり。いつ触っても、あの頃と変わらず柔らかい。

ただ漠然と、そう思った。


(あの頃…?)


今、私は何を思った?

夢の中だけれど、この人に触れて、何を。


『何も、考えなくていい』


琥珀色が、波打つように揺れる。

悲しそうに、寂しそうに。

私の手を愛おしそうに包み込むと、泣きそうな顔で私のことを見つめている。

どうしてあなたはそんな風に私を見ているの?


『思い出そうとしなくていいんだよ』


その言葉で、私の鼓動が激しく動き始めた。

バラバラに散っていたパズルのピースが集まり、ある一角を形成していく。
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