春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
思い出そうとしなくていい。彼はそう言った。

彼は知っているのだ。私が記憶喪失だということを。

そして、思い出さなくていい内容は、きっと。


『私は…あなたのことを忘れているんですね?』


彼は何も言わない。

けれど、その眼差しがすべてを物語っているような気がした。

世界そのものを傍観していそうな双眸が。


『あなたが、私を見守るようりとにお願いした人?』


鼓動が加速する。全身の毛が逆立つ感覚さえする。

ごくりと唾を飲み干し、彼の返事を待つ。

目の前の琥珀色に、私という存在が飲み込まれてしまいそうだ。


『どうして、そう思ったの?』


『りとから、聞きました。ある人にお願いをされている、と』


『それが、どうして俺だと思った?』


心なしか、憂うような表情が険しいものへと変わっているような気がするのは、私の考えすぎだろうか?


『…分かりません。ただ、貴方のような気がしたんです。いつも、こうして夢の中で会う時…とても、とても優しい声を放っているから』
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