春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(っ……、)」


勢いよく床に打ちつけた身体がジワリと痛む。

こんな時なのに、声を出すことすら出来ない私は、無力極まりない人間だ。

弱腰になっていく心に呼応するように、目の奥が熱くなっていく。


「姫や総長が嫌う理由が分かったぜ。オマエ、しつこいしウザい。声が出ないくせに、突っかかってくるんじゃねえよ」


男は私にそう吐き捨てると、ポケットに手を突っ込んだ。
床に座り込んだまま、今にも泣きそうな顔をしている私を、嘲笑うような目で見下ろす。


「次、俺たちの前に現れたら、ボッコボコにしてやるからな。覚悟しておけよ」


どうして、そんなことを言われなくてはならないの。

どうして、声が出ないからという理由で、話しかけてはならないの。


「(……どこ、なんですか)」


永遠に音にならない言葉を、私は唇に乗せ続ける。


「(諏訪くんは…どこ、なんですか…?あなたたちは、優しい彼に…何をしたの?)」


どんなに必死に足掻いても、願っても、声になってはくれない。

私は甘えていたんだと思う。
声にならない声を聞いてくれる人が、この世界に居たから。
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