春を待つ君に、優しい嘘を贈る。

「話している途中で携帯を弄るお前は、何様だ?」


言わなきゃ。私は声が出ないんです、と。

言わなくちゃいけないのに、息をすることもままならなくて、願いは儚く散る。


視界の端で、我に返った聡美が弾かれたように立ち上がり、私の方へと駆け寄ってくるのが見えた。


「待ってください!柚羽はっ…」

「―――黙れ」


私の代わりに伝えようとした聡美を一声で黙らせる。

無数のシルバーピアス。獣のような鋭い瞳。

勝気な微笑みを浮かべているこの人は何者なのだろう。


「…お前か?俺の女を傷つけたのは」


「(っ……!)」


傷つけた、なんて。そんな言い方はないじゃない。

もう一人の男性が言っていた通り、私が避けずに犠牲になっていれば、彼女が傷つくことはなかったのかもしれない。

でも、声を持たない私に、返事を求められるのは困る。

事情を話す間もなく、こうして胸倉を掴まれては、為す術がないよ。


「(誰か……たす、けて…?)」


声にならない声で、叫んだ。

絵本のような王子様がこの世にいないことくらい、分かっているけれど。
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