春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「紫さん…」


突然に現れた人の名は、ゆかりさんと言うらしい。

りとの名前を呼び、りとも呼ぶということは…知り合いなのかな?


「貴方が学校まで迎えに来て欲しいと言ったのは初めてですね」


紫、と呼ばれた人は優しい微笑みを浮かべた。

私たちに軽く会釈をすると、傷だらけの諏訪くんの元へと足を進める。


「これは…なんて酷い」


「ごめん、紫さん。忙しいのに」


「いいえ、構いませんよ。まだ開店前ですし、何かあったら呼べと言ったのは僕ですから」


紫さんという人は諏訪くんの脇の下に腕を入れると、「手当をしましょう」と言い、肩を貸しながら支えるように歩き出した。

中性的な顔立ちだが、声は低くて艶っぽい。男の人だ。

薄手の黒いコートに黒いパンツ。これで金髪だったら、あの雨の夜に会った人のようだ。

一つに束ねられた長い黒髪が、風に揺られている。
りとの父親にしては若すぎるし、お兄さんにしては似てなさすぎる。

何者なんだろうという疑問が浮かび上がったが、りとと親しい人であることは見て分かる。


「柚羽、私たちも行きましょう」


聡美の言葉に頷き、私たちも後を追った。
< 143 / 381 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop