春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
私は首を横に振り、笑みを浮かべた。

聡美たちがワイワイと楽しそうに話しているのを確認し、紫さんへの返事を打ち込んでいく。


【気にしないでください。むしろ、謝るのは私の方です】


「いえ…。それは、どうしてですか?」


【声が出ないのは、ご迷惑ですから。会話ができないし、気を遣わせてしまいます】


そう書かれた画面を見た後、紫さんは黙り込んでしまった。

何をやっているんだ、私は。初対面にも等しい人を、困らせてしまった。

こういう時、声が出る人を羨ましく思う。同じ言葉でも、文面と音声では受け取り方が違うだろうから。


例えば、ありがとう、と言う時。
文字では、どんなに感情や想いを添えても、伝わってくれない。届かない。
声は、声のトーンや大きさで、相手がどんな気持ちで言っているのかがよく分かる。

文字を通して伝えることしか出来ない私は、コミュニケーションにおいて人を困らせてしまうのだ。


「…そんなことはないでしょう」


俯いた私へと、優しい声が降る。顔を上げれば、紫さんに見つめられていた。
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