春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「永瀬はまだ帰らないんだっけ?」


「うん、今紫さんからアイジングクッキーを教わってて。もう直ぐ焼けるから、焼きあがったら帰るわ」


カウンターの奥にある厨房から、聡美の元気な声が聞こえる。

そういえば最近、紫さんから料理を教えてもらっていたんだっけ。

何でも器用にこなしてしまう紫さんは、とても料理が上手だもんなぁ。


「そう。じゃあ晏吏は古織を――って、もう居ないし…」


いつの間にか、隣に居たはずの諏訪くんが居なくなっていた。もう帰ってしまったのかな。

りとはため息を吐くと、困ったような笑みを私に向ける。


「駅まで送るよ、古織」


「(大丈夫だよ。近いから)」


「いや、もう暗いから。この辺りは物騒だし、女一人で歩かせられない」


「(心配性だなぁ。一人でも平気だよ。走って帰るから)」


「そういう問題じゃ――」


りとの言葉を遮ったのは、玄関のチャイム。
りとは「はーい」と玄関まで走って行った。
それを見た私は、厨房から顔を覗かせた紫さんに口パクで「お邪魔しました」と言い、『ANIMUS』の外へと身を投じた。
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