春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「わぁ、嬉しいわ!愛してる!」


夜の街の光に煌めくのは、いくつもの宝石を身に付けている美女。


「――お前が望むならば、何でも叶えると言っただろう?」


誰かの手に導かれ、彼女は黒塗りの高級車に身を投じる。


「――では、また……に、…で…」


入れ代わるように出てきたのは、色素の薄い長髪を揺らす、黒服を身に纏う長身の男。
その横顔を見た私は息を飲んだ。


(どう、して…)


もう女の姿は見えない。けれど、黒服の男はその場に留まったままだ。

私は少しずつ後退った。恐怖ではない。逃げ出したいからではない。この目で見たものが信じられないからだ。


「(っ…、)」


私はその場から駆けだした。強く地を蹴り、どこか遠くを目指して。

どうか、夢であってほしい。

そうでなければ、私は。


「(っ…!?)」


膝に鈍い痛みが奔る。走ることに必死で、段差があったことに気がつかなかった私は、躓いて転んだのだ。
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