春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
私は言葉を失っていた。

だって、まさか姉が。人生を謳歌しているはずの姉が、誰かの愛人になっているだなんて。

相手は彼の父親。ならば、年齢は二回り年上のはず。愛人だと言うのなら、奥さんだっているだろうし。

それって、不倫とかいうやつでは…。


「俺は親父と別れた後、走り去っていくお前の後ろ姿を見た。この間の礼を言いたかったし、お前が走っている方角は物騒なホテル街だ。声が出ないお前が何か危険なことに巻き込まれていたら…と後を追っていたら、案の定絡まれているところだった」


彼は失笑した。何も言わなくなった私を見て、シートベルトを着用すると、車を動かし始めた。

私は移り変わっていく景色を見ながら、彼から告げられた言葉を整理していた。

煌びやな宝石を身に纏い、嬉しそうに笑っていた姉は―――彼の父親の愛人。

私は彼に何と言ったらいいのだろうか。

いつも姉がお世話になっています?それとも、姉が申し訳ございません?

どちらも違う気がする。だって、姉には確か恋人がいたはずだ。

名前が思い出せないけれど、自慢の彼氏だって紹介されたもの。
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