春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
紗羅、と呼ばれた少女ははにかんだ笑顔を浮かべた。

躊躇うことなく差し出された手に手を重ね、立ち上がる。


「ありがとう、夏樹(なつき)」


そう言って、花が咲くような笑みを飾る少女は、天使のようだった。

男は少女の手の甲に口付けると、熱い眼差しを注いでいる。


「…紗羅が無事なら、構わない」


その姿は姫と王子のようだった。

周りには私たちも居るのに、もう居ないような扱いだ。

二人だけの世界に入って、ただただ見つめ合っている。

羨ましい、と思ってしまうほどに。


囚われたようにその光景を見ていたら、誰かが私の肩を叩き、そっと耳打ちをしてきた。

何と言い表したらよいのか分からない甘い香りがふわりと漂う。


「今の内に、教室に行って」


弾かれたように振り向けば、背後には諏訪が佇んでいた。

険しい表情で夏樹という男と、足から血を流している紗羅さんを見据えている。


「(あ、の…)」


「早く」


「柚羽、行こうっ!」


返事をする間もなく、私は聡美に手を引かれ、逃げるように走り出した。
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