春を待つ君に、優しい嘘を贈る。

「あたし、見たんだけど。あんたがヘキルと居るところ」


長いまつ毛が縁取る大きな瞳が、三日月のように細められる。

ヘキル。その名は姉の愛人の息子。名前で呼んでいるということは、やっぱり親しい間柄だったのかな。

今私の目の前に姉がいるのも、彼が連絡をしたから…とか、つい考えてしまう。


「あんた、あたしの邪魔をしようとしているの?」


姉は声を荒げると、私の逃げ道を断つように、私の顔の横に手をついた。
グッと顔が近づく。甘ったるい香水の匂いが、空間を侵食していく。

邪魔?私があなたの?

勘違いも程々にしてほしい。正直関わりたくもない人間の邪魔をするわけがないじゃないか。


「ヘキルを味方につけても無駄よ。あいつは最終的にはあたしに逆らえなくなるんだから」


ああ、もう、嫌だ。
口を開けば、いつもそんなことばかり。

敵、味方、逆らう、逆らわない。その声は人に想いを、言葉を届けるために存在しているんだよ。人を傷つけるために使わないでよ。
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