春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(さと、み…、さとみ…!)」


ああ、まただ。またも、声は音になってくれない。

その名を呼びたいのに、聞きたいことがあるのに、声が出てくれない。


「(さとみっ、さっきの人は、誰なの…)」


全速力で廊下を走り、階段を駆け上がり、教室に身を投じる。

私と聡美は荒い呼吸を整えながら、チラリと廊下を盗み見て、追われていないことを確認した。


「柚羽、怪我はない!?」


私の両肩を掴む力が、強い。それほどまでにあの人たちは危険な人間だったのだと、身をもって知った。

コクコクと頷けば、聡美は胸を撫で下ろす。


「よかった…。死ぬかと思ったよ」


「(どういう、こと?)」


唇に乗せた言葉は、聡美には届いていない。けれど、私の表情から言いたいことを察してくれたようで。

周りに人が少ないことを確認し、聡美は口を開いた。


「あの女は、神苑の姫。一緒に居た男は幹部で、後から来た奴は総長」


「(姫?幹部?総長って、なに?)」
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