春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…馬鹿だよ、アンタ。泣いてるじゃん。本当は怖かったんじゃないの?」

やさしい声だ。温度も、手つきも、何もかもが。痛いくらいに真っすぐで、りとがりとじゃないみたいで、胸がつぶれそう。


怖かった?

いや、そんなことはない。

どうせ消えるのだから、あのまま男に何をされたって構わなかった。

怖くなんてなかった。だって、怖かったらあんな場所に行かないもん。逃げ出してるもん。

ならば、どうして私は泣いているんだろう。

りとに怒られたから?

何も乱暴なことはされていないけれど、ベッドの上に押し倒されたから?


(…違う)


違う。そんなんじゃない。


「…聞くまでもない、か。愚問だったね。こうやって押し倒されたらどうしようもない、か弱い女だし、声だって…」


まだ頬は濡れているけれど、りとの指先に拭き取られて視界がクリアになった。

瞳が揺れている。二、三度瞬きをしたあと、悲しそうに微笑むと私の上から退いた。


「(…りと)」
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