春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
りとが怒った理由は、私が馬鹿なことをしようとしたからだ。
助けてくれたのに、お礼の一つも言わないでいた。
命を捨てようとした、と簡単に口にしようとしていた。


(…馬鹿だね、わたし)


りとが言った通り、私は馬鹿だと思う。
自分のことで頭がいっぱいだった。姉の言葉を真に受けて、身勝手なことをしていた。取り返しのつかないこともしようとしていた。

そんな私を想って、怒ってくれたのにね。


「…頭冷やしてくる」


視界の端で、ふわりと黒髪が靡いた。
室内に扉が閉まった音が響く。

ゆっくりと体を起こせば、りとの姿が見えなかった。
りとは部屋を出て行ったのだ。言葉の通り、頭を冷やすために。

そうしなければいけないのは私なのに、冷静になれなくて気づけなかった。


(……わたしは、)


ネイビーブルーが目に焼き付いて離れない。

真っすぐな瞳が。悲しそうな微笑みが。


嗚呼、私は。

他の誰でもない、男の人の顔をしていたりとが怖かったのだ。
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