春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
気づけばポツリと声をこぼしてしまっていた。

そんな俺を見て、紫さんは目を丸くさせた。

不思議だな。紫さんの前になると、馬鹿みたいに素直になるんだ。

甘えてはいけないのに、弱音を吐きたくないのに、その胸に縋って泣いてしまいたくなる。

親と呼ぶには若すぎて、兄と呼ぶには歳が離れすぎているやさしい人。


「どうしたのですか、泣きそうな顔をして」


紫さんの目元が細められた。

本当は曝け出したくて仕方がないくせに、口を閉ざしたまま微動だにしない俺を見透かしているのだろう。

紫さんは俺の傍へと歩み寄った。手に持っていたブランケットを俺の肩に掛けると、そっと俺の頭を撫でた。


やだな、もう子供じゃないのに。そう思っているのに、その手のぬくもりに酷く安心してしまう自分がいる。

それはそうだ。だって、他の誰でもない、この人の手で育てられたんだから。たとえ同情や哀れみで引き取られたとしても、この手が世界で一番好きな俺にとってはどうってことない。
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