春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「では、行きましょうか」
朝食を食べてゆっくりとした後、私たちは紫さんを先頭に『ANIMUS』を出た。
繁華街の大通りを抜け、薄暗い道を車で走り抜ければ、見慣れた駅のロータリーが見える。
そこから五分ほど車を走らせれば、私の家だ。
紫さんは家の斜向かいにある空き地の前に車を停めると、漆黒の髪を一つに束ねた。私とりとが座る後部座席のドアを開けると、そっと手を差し出してくる。
その手の暖かな温度に触れた瞬間、全身からフッと力が抜けた。息苦しさから介抱されたような気がしたのだ。
「大丈夫。悪いのは貴方ではなく、未成年の女の子を泊めた僕です」
そう言った紫さんへと、りとの眼差しが向けられる。鋭いけれど、困惑も滲んでいた。
「紫さんの所為じゃ…」
紫さんは目を細めると、静かに首を横に振った。
りとの頭の上に手を乗せると、諭すように優しく言葉を掛ける。
「璃叶。世の中は人の想いではどうにもならないことがあるのです」
その横顔はどこか寂しげで、哀しげで。その言葉の意味を尋ねたら、崩れて消えてしまうんじゃないかってくらいに、紫さんは儚げな表情をしていた。