春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
目の先には、丁度インターフォンを押した紫さんがいる。
聞き慣れた母の声をドア越しに耳にした私は、反射的に身体を強張らせた。
やだ、怖いよ。お姉ちゃんが何か言っていたら、どうすることも出来ない。そうしたら、私は声だけでなく居場所も失ってしまうかもしれない。
あらゆる事態を想像しては、じわりと溢れてくる。それらを振り払うようにぎゅっと目をつぶれば、右手を握る力が強まった。
「(……!)」
恐る恐る顔を上げれば、ほんの少しだけ微笑んでいるりとと目が合った。
「大丈夫。アンタはひとりじゃないよ」
濃藍が揺れる。波紋のように、綺麗に。
私はゆっくりと頷いた。
大丈夫、きっと大丈夫。何を言われたとしても、ありのままを伝えればいい。
たとえそれを、信じてもらえなくても―――
「―――柚羽!!どうして昨日帰ってこなかったの!?」
母の声が響いた瞬間、右手から柔い温度が消えた。
私の姿を見つけた母が駆け寄ってきたことによって、離れたのだ。