春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
その言葉を最後に、扉が閉まった。家の中へと身を投じたから、二人が何を言い争っているのかはもう聞こえてこない。


「古織の部屋はどこ?」


手早く靴を脱いで、家に上がったりとがそう尋ねてくる。


「(二階、だよ)」


「了解」


私はその後の二人のやり取りが気になりつつも、自分の部屋に行き荷物をまとめた。

紫さんの言う通りに、暫くの間ここに帰ってこなくても困らない程度に旅行鞄に詰めた私は、それを両手に小さく深呼吸をして立ち上がった。

それを見たりとは私から鞄を取ると、首を傾げてくる。


「…忘れ物はない?」


「(うん、大丈夫。でも…)」


「何も心配しなくていい。守られていてよって、言ったでしょ?」


いつになく優しい笑顔に、段々と体から力が抜けていく。

そう言えば、前に言っていたっけ。体育館倉庫に連れて行かれた日、そこから外に連れ出してくれた時に。

りとはこうなることを知っていて、ああ言ったのかな。でも、神様でもあるまいし、そんな先のことなんて人が知るはずもない。


私は控えめに頷いて、その後をついて行った。

大きく深呼吸をして、ドアの取っ手に手を掛ける。

母は変わらず怒っているだろうか。それとも…。
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