春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
りとは真剣な眼差しで紫さんを見ていた。

紫さんはそれに気付いたのか、刹那視線を絡ませた後に緩々と口元を綻ばせると、伏し目がちに声を放つ。


「一から育てているから、何ですか?」


母は目を見開いて、紫さんを凝視した。


「我が子が生まれてから今日この日まで誰よりも近くにいた存在でありながら、我が子の話を聞こうともしない、理解ろうともしない人間が何を言っているのですか?」


「声が出ないのに話せるわけがないでしょう!?」


ねえ、お母さん。私は自惚れていたのかな。
お母さんは声を失くした私を気遣って、家中にメモとペンをを置いたり、手話の勉強をしていたから、寄り添ってくれていたのだと思ってた。でも、そうじゃなかったみたい。

話せないって、話せるわけがないって。否定されたんだ。

声が出なくても大丈夫だよって、お母さんは笑ってくれると思ってた。


目に映る世界が揺れる。

駄目だと自分に言い聞かせても、堪えられなかった。

だって、お母さんは…お母さんだけは、ずっと味方でいてくれると思っていたんだもの。
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