春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「話せます」


紫さんのその声と同時に、哀しみの雫がこぼれ落ちた。

いつの間にか俯いてしまっていた顔を上げれば、紫さんと視線が絡まった。

温かい眼差しだ。見つめられるだけで、優しくなれる気がするの。


「声が出なくたって、言葉は音にならないだけで、確かに存在している。娘さんの声を聞くことが出来る人間はこの世界にいます」


隣に、と聞こえた気がした。

ゆっくりと視線を動かせば、りとと目が合う。その瞬間、気恥ずかしそうに頷かれた。


「僕はあなたが羨ましい。我が子がこの世に生を受けた時から、ずっと一緒にいるのですから」


押し黙ってしまった母へと、再び紫さんの眼差しが注がれる。

紫さんは少し屈んで母と目線を合わせると、語りかけるように口を開いた。


「僕は母親ではありませんから、母親しか齎せないものを我が子にあたえることはできません。ですが愛しているの言葉じゃ足りないくらい、愛情を注いできました」


母は何も言わない。けれど紫さんは言葉を続ける。
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