春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「血が繋がっているとか、関係ないんです。愛してあげたいから愛しただけ。何よりも大切だから、そばにいるだけ。あなたは違うのでしょうか…?」


その問いに母が答えることはなかった。
紫さんは困ったように微笑むと、私たちに手招きをする。


「二人とも、行きましょう。学校まで送ります」


りとは無言で歩きだした。私もその後を追ったけれど、母の横を通り過ぎる時に足を止めてしまった。
茫然と遠くを見ている母へと、言葉を放つ。


「(…お母さん)」


届かなかった。鼓膜を揺らすことが出来なかった。だから、永遠に聞こえない。

トン、と肩に手を置かれた。
振り向けば、紫さんが悲しそうに微笑んでいる。


「行きましょう」


「(…はい)」


私は頷き、りとを追いかけた。

紫さんは踵を返す前に母に向き直ると、一度だけ頭を下げる。


「柚羽さんはウチでお預かりいたします」


「………」


母は何も言わなかった。
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