春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
りとはそんな私の手を引いて、苦しくない世界へと連れて行ってくれたのだ。


「…うん」


私は、私を想ってくれている“ある人”に関する記憶を喪っている。

いつの間にか悪くなっていた姉との関係性、紗羅さんとの間にあったこと、そして、事故のこと。

忘れていることに怒っているのか、私の存在自体が嫌なのかは分からないけれど、思い出さなければどうしようもないと思う。


「(やっぱり、私が思い出さなきゃ何も解決しないんだろうね)」


私が消えてしまえば全てが解決するんだって飛び出してきたけれど、それは違ったんだ。

こんな私のことを想ってくれている人が居た。

手を引いて連れ出してくれた人が居た。

怒ってくれた人が居た。

辛いこともあるけれど、幸せだってある。優しい人たちがいる。

貰ってばかりではだめだ。同じように、想いを返さなきゃいけないんだ。


「………」


りとはココアを一口飲むと、私の口元へと視線を戻した。
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