春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
私は大きく息を吸い、思っていたけれど言えずにいた言葉を放っていく。
「(紗羅さんとお姉ちゃんのこと、事故のこと、あの人のこと。忘れているってことは、何よりも強く思っていたんだと思う)」
りとの眉が微かに動いた。
「…忘れたいと願っていた、とか。そんな風には考えないの?」
「(うん。そうは思えないの。あの人なのかは分からないけれど、時々琥珀色の瞳の男の人が夢の中にだけ現れるんだよ)」
「え?」
りとは首を傾げた。
現実味のない話だし、夢の中の出来事だから現実ではないけれど、紛れもない事実だ。
「(黒髪で、黒い服を着ているの。寂しそうに微笑んで、私の名前を呼んでいるの)」
「………」
「(二か月くらい前が、最後だったかなぁ。もう出てきてないから…)」
「…そう」
「(その人が“あの人”なのかな。いつか、どこかで会えるかな?)」