春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
私は踵を返そうとする彼に、音のない言葉を送った。

とはいえ、音を持たないそれは、当然伝わるはずもなくて。

聞こえない声を送られた彼は、目を見開いて固まってしまった。

私は慌ててスマートフォンのメモアプリの画面を開き、音にならなかった言葉を打ち込み、彼に見せようとしたのだけれど。


「―――どういたしまして」


「(…え)」


聞こえるはずのない声。

音を持たない言葉に、彼は返事をした。


「(あの、どうして、声……)」


困惑する私を余所に、彼は勝気な笑みを浮かべる。


「アンタの声が、聞こえた気がした」


その言葉とともに、予鈴が鳴り響く。


「…じゃあ」


そう言い放つと、彼は何もなかったかのような足取りで、自分の席へと戻って行った。


「よかったね、柚羽」


「(うん…)」


気まぐれな猫のような雰囲気を晒し出す、綺麗な男の子。

そして、先ほどの場所に何故か現れた、死神と呼ばれている諏訪くんと、神苑の人たち。


転校初日に、立て続けに予期せぬ出会いをした私は、夏の風に誘われるように窓の外を見た。

今日も、世界は熱い。
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