春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
流れていく時間に身を任せていれば、いつの間にか時計の針が15時を指していた。

一日をぼんやりと過ごすのは勿体ないと言うが、たまにこんな風にしたくなるのだ。

古織柚羽というひとりの人間であることを、ほんの少しの間だけ放り出すように忘れて。授業をしている先生の声をBGMにしながら、移り変わっていく景色を眺めながら呼吸を繰り返す。

無性にそうしたくなるのは私だけだろうか?


「雨が降りそうな空ねぇ」


帰り支度をしている聡美が不満そうに言った。

私は賛同するように頷き、苦笑を漏らしながら右手にある折り畳み傘を揺らした。

それを見た聡美は「あら、そうなのね。私ったら…」と、戯けたように笑いながら、再び窓の外に視線を映している。


曇りのち雨。まだ雨は降っていない。帰るなら今がチャンスだ。

聡美はバイトがあるから、と先に急いで帰って行った。

りとは日直の仕事があるから先に帰っていて、と言っていたっけ。


私は灰白の空を窓越しに見上げ、昇降口へと歩き出した。
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