春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…何となくだ。この前会った時、お礼を言いそびれていたことに気がついてな」


お礼って、いつのお礼だろう。傘を貸しておむすびをあげた時のことしか思い浮かばない。それくらいしか、彼とは関わっていない。


「そんな難しい顔をするな。俺はふいに思い出したことへの礼を言いに来ただけだ」


ヘキルさんはまた笑った。金髪に黒服、鋭い目つきをしているから、初対面の時は怖かったけれど、今はよく笑う人だと知っているから笑い返せる。


「(どういたしまして。もう怪我は治ったのですね?回復されたようでよかったです)」


「………ああ、ええと、カイ…ク…?」


「(ごめんなさい、今スマホを…)」


言いたい言葉を唇に乗せたはいいものの、相も変わらず届けることは出来ていなかったようだ。苦笑を漏らしながらポケットからスマホを取り出せば、ヘキルさんは困ったように眉尻を下げていた。


「それは、いい」


「(え?)」


「スマホを使わなくていい。聞くことが出来ない俺が悪いからな」


それじゃあ、私の言葉が伝わらないよ。そう唇を動かせば、彼は「確かに」と言う。
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