春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
よく知りもしないのに、言葉を並べて勝手に決めつけてしまうのが嫌なのだ。

昔からそうだった。だから私は彼のことを――…彼…?

口を閉ざした私へと、鋭い視線が向けられる。


「知らないからそう言えるんだよ」


確かに私はヤクザが何なのか知らないよ。でも、それはりとも同じではないの?
何だか馬鹿にされた気がした私は、唇を引き結んでりとを睨んでいた。


「(りとのばか)」


感情に引きずられるように出てきた言葉が、唇に乗っかってりとへと飛んでいく。

今だけは伝わらなければいいのに、と心の奥底で願ったけれど、届いてしまった。

だって、彼は…りとは、この瞬間でさえ、私の声を聞いてしまう。消えるはずだった言葉を拾ってしまう。


「…勝手に言ってれば?」


そう吐き捨てるように言うと、りとは背を向けて行ってしまった。
…分かってる。馬鹿は私だってこと。分かっているよ、りと。


「(っ……、)」


瞬きとともに弾き出された雫が、アスファルトにシミを作った。
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