春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
その存在をこの目に映した瞬間、鼓動が加速した。
限界まで目を見開いて、瞬きを忘れて凝視した。
「……はじめまして」
柔らかな声が、私の鼓膜を揺さぶる。
その距離が縮まるほどに、呼吸をしている実感が薄れていく。
はじめまして…?噓だ、そんなことはない。私はその声を知っている。
もう随分と前のことになってしまったけれど、夢の中で何度も聞いた声だ。
だから、はじめましてなんかじゃない。…ううん、彼とはどこかで会っている。
「…俺は、御堂維月といいます。君の名前は?」
琥珀色の瞳が揺れた瞬間、鮮烈な光が世界を切り裂いた。
みどう、いづき。彼の名前は、御堂維月。
ようやく知ることが出来て、たまらなく嬉しいのに。
何故だろう。何故なのだろう、知らない感情が込みあがってくる。
「(いづき……)」
知っているはずなのに、私の記憶の引き出しからは何も出てこなかった。
鍵を掛けられたように、何も出てこなかったの。