春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…ごめんね。許して」


彼はこの上ない美しい笑顔を飾って、そう言った。

ごめんねって。許して、なんて。謝らなくちゃいけないのは私の方なのに。彼に関する記憶を失くして、悲しませてしまった私が悪いのに、どうしてあなたが謝るのだろう。


「      」


ねえ、神様。今だけでいいから、私の声を返して。

ごめんなさい、と謝らせて。

そうしたって、記憶が戻るわけじゃないし、彼に笑顔が戻るわけじゃないけれど。

彼は私にとって、大切な人だったんでしょう?
私を大切にしてくれていた人なんでしょう?
会いに来てくれてありがとうって、言わせてよ…。


「…黙ったままだね、柚羽」


違うんだよ。声が出ないんだよ。
そう口をパクパクと動かしても、首を横に振っても、彼の眼差しは私ではなく灰色の空へと向けられていたから、気づいてもらえなかった。

何の言葉も、届かなかった。


「…仕方ない、か。初めて会った人間にいきなり抱きしめられて、泣かれて、身に覚えのないことを言われたからね」
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