春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…なんてね。憶えていないだろうね」
きわめて短い時間をおいて、彼はそう言った。
優しく笑いながら、自分に言い聞かせるように言ったのだ。
声なき私は間があろうとなかろうと、返事をすることが出来ないから、悲しませてしまうことに変わりはない。
だけど彼は、聞いておいて答える時間を与えてくれなかった。
答えを知っているから、聞かなかったのだと思う。
「まだ持っていてくれてるかな。手のひらよりも小さなものだよ。家に帰ったら、探してみてほしい」
ならどうして聞いたの。
何を、贈ってくれたの。
手のひらよりも小さなものって、何なの。
「 」
必死に叫んでいるのに、なんにも声にならない。
彼は優しい微笑みを浮かべて、もうすぐそばにある橋を見つめながら、声を放っていく。
「…嘘、やっぱり探さなくていい。失くしたままでいいよ」
探してほしそうな表情をして、何を言っているの。
「もしも、見つけたら…」
何が、嘘なの。
ねぇ、維月さん。