春を待つ君に、優しい嘘を贈る。

「…なんてね。憶えていないだろうね」


きわめて短い時間をおいて、彼はそう言った。

優しく笑いながら、自分に言い聞かせるように言ったのだ。

声なき私は間があろうとなかろうと、返事をすることが出来ないから、悲しませてしまうことに変わりはない。

だけど彼は、聞いておいて答える時間を与えてくれなかった。

答えを知っているから、聞かなかったのだと思う。


「まだ持っていてくれてるかな。手のひらよりも小さなものだよ。家に帰ったら、探してみてほしい」


ならどうして聞いたの。

何を、贈ってくれたの。

手のひらよりも小さなものって、何なの。


「      」


必死に叫んでいるのに、なんにも声にならない。

彼は優しい微笑みを浮かべて、もうすぐそばにある橋を見つめながら、声を放っていく。


「…嘘、やっぱり探さなくていい。失くしたままでいいよ」


探してほしそうな表情をして、何を言っているの。


「もしも、見つけたら…」


何が、嘘なの。

ねぇ、維月さん。
< 247 / 381 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop