春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「なっ…!」


この世の全てを凍らせてしまいそうなくらい冷たい眼差しに、その場に居る誰もが息を飲んだ。

私の腰に回されている腕の力が、ぐっと強まる。

反射的にその横顔を見上げれば、小さく微笑まれた。


「望むものが手に入らない。思い通りにならない。気に入らない。そんな馬鹿げた理由で駄々をこねている女が勝手に苦しんでいるだけだろう」


「てめえっ…!!」


痺れを切らした晃さんは、力強く地を蹴ると維月さんを殴り掛かってきた。

危ない、と口を動かした瞬間、微かに身を屈めた維月さんは私を背後に庇いながら、ひらりと拳を躱した。そして、流れるような動きで晃さんを蹴り飛ばす。


「――っ…!?」


吹っ飛ばされた晃さんは、呆然としている紗羅さんと夏樹さんの横に尻餅をついた。

華麗に晃さんを返り討ちにした維月さんの姿は、綺麗としか言いようがなかった。

流麗な足運びで歩み寄って来る維月さんを見て、晃さんは「ひいっ…!」と声を上げて後退った。その光景を見ていた村井さんは眉間に皺を寄せ、眼鏡を押し上げている。
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