春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…俺が柚羽の前に現れることも、もうない」


温もりを持った水滴が、私のうなじへと落ちた。

はたはたと落ちては、下に伝い降りていく。

恐る恐る顔を上げれば、冷たい雫が世界に降り始めていた。


「…俺は君と、出逢ってはいけなかったんだ」


天から雨が降っている。

彼の心の雨も、降り注いでいる。


「なのに、出逢ってしまった」


雨だと思ってたものたちの中に、彼の涙も混じっていた。


「そのせいで、君を巻き込んでしまった」


息をする度に、胸が重い。

吸い込んだものをどこに仕舞ったらいいのか分からなくなって、外へと溢れ出てしまった。


「…君が俺に関する記憶を喪ってしまったのは、俺への罰なのかもしれない」


嗚咽で淀んでしまった声は、それでも優しかった。

彼につられるように、私の心も泣き始める。

瞬きをした瞬間、瞼の裏側で堪えていたものが外へと弾き出されていく。

降り止まぬ雨に溶け込むように、静かに世界を濡らしていく。


「…陽だまりに手を伸ばした、罪」
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