春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
まだ着慣れない制服に袖を通し、最後の仕上げに紺色のチェックのリボン型のタイを付けた私は、両親が待つリビングへと向かった。

階段の途中にある窓から今日の空模様を見て、一喜一憂するのはいつものこと。

そう、いつものことなのに、今日は何かが足りないような気がしてならなかった。

きっと、昨夜みた不可解な夢のせいだ。
そう自分に言い聞かせ、やけに賑やかな声が響いている居間のドアノブへと手を伸ばした。


「もう、お母さんたら~」


「(っ…)」


嫌な予感が、全身を駆け巡る。
ドアノブへと伸ばした手を瞬時に引っ込め、自分の部屋へと引き返した。


「(なんで…なんで、ここに?)」


胸の内で同じ問いかけを繰り返しながら、何かに囚われたように学校の支度をする。

朝食も朝のニュースも、今日はどうだっていい。

今すぐにでもここを出なければ。

あの人に見つかる前に。あの人に捕まらないように。


「あれぇ~?柚羽、ご飯はいいのぉ?というか、私に挨拶は~?」


ああ、もう、終わりだ。
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