春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
身体が、冷たい。

それはきっと、彼も同じ。

強さを増していく雨に抵抗する術を持たない私たちは、罰を受けるように打たれるしかなかった。


「そんな顔をしないで」


ねえ、維月さん。それは私の台詞だよ。

そんなに泣きそうな顔をして…いや、泣きながら言う言葉じゃないよ。

泣かないでよ。泣いて欲しくないよ。笑っていてほしいよ。


「…望んで選んだわけじゃない」


ならなぜ選んだの、という言葉は、声になることなく消えた。

それ以前に、それは私が言っていい言葉じゃなかったんだ。

彼を悲しませたのは私だ。彼を泣かせてしまったのも私。

辛い選択をさせてしまったのも、私なのだから。

彼はもう一度私を腕に閉じ込めると、鳥を空へと放つように私を解放した。


「――…晏吏」


え?と思った時にはもう、遅かった。

いつの間にか、私から体温を奪っていった雨の感触がなくなっている。

ゆっくりと顔を上げれば、真っ赤な傘が私に差されていた。

その柄を持っているのは諏訪くんだ。
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