春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
彼と別れてから、私は大切なものを失った子供のようにぼんやりとしていた。
私は今ここにいるのに、存在していないような感じだ。綿を抜かれたぬいぐるみのよう、とでも言うべきか。
「今日は近道しよっか」
少し先を歩く諏訪くんの後を、義務のように足を動かしながら追う。
ぼろぼろと泣きすぎたせいか、喉に何かが詰まったような感じが抜けなくて、息を吸い込む度に胸が痛かった。
通い慣れた道も、見慣れた街並みも、目に映るものすべてが灰色に見える。
それは、彼と離れた瞬間からだった。見えない糸のようなものをぷっつりと切られ、果てのない空間に放り出されたようだ。
そんな私を見た紫さんはかなり驚いていたけれど、いつも通りに「おかえりなさい」と笑って出迎えてくれた。
「――…何があったのですか?」
私と諏訪くんは雨で冷えた身体を温めるために交代でシャワーを浴びた後、ダイニングテーブルで紫さんと向かい合って座った。
隣にはタオルで頭をわしゃわしゃと拭いている諏訪くんが居る。