春を待つ君に、優しい嘘を贈る。

「紫さん、“ラストクリスマス”ってご存知ですか?」


そのワードを耳にするのは二度目だ。橋の上で紗羅さんと遭遇した時に聞いた気がする。

確か、彼女はそのラストクリスマスとやらで維月さんは私に殺されたのだと思っていたとか…。


「…ええ、存じていますよ」


「やっぱりこの繁華街に住んでいる人は知ってますよねー」


「…そうですね」


諏訪くんは一度立ち上がると、タオルを置きに脱衣所へと行ってしまった。

その帰りを待つ紫さんはコーヒーを一口喉に流し込むと、ふう、と息を吐いた。

紫さんがブラックコーヒーを飲むなんて…いや、人前でため息をつくなんて珍しい。


「…それで、その事件が何か?確か一年前のことだったと思いますが」


諏訪くんの肩眉が跳ね上がった。驚いたような目で紫さんを見ている。


「…ああ、すみません。ここには色々な情報が入ってくるものですから」


紫さんは苦笑混じりにそう言った。


「いやぁ、驚きました。あれが“事故”ではなく“事件”であることを知っていたとは」


諏訪くんはおどけたように笑うと、私へと視線を移した。
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