春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
諏訪くんが手にしているマグカップの中身が、ちゃぷんと音を立てた。

私にはそれが何かが落ちた音のように聞こえた。私の胸の内に、何かが落とされたような感じがしたのだ。

確かめる術を持たないというのに、無意識に下を向いていた私は、そのままゆっくりと息を吐き出した。

もう雨は降り止んでいるのに、私には耳に焼き付いたように聞こえていた。

それは、維月さんの言葉が忘れられないからだ。


優しく笑うあの人に愛されていたことを知った今、私はどうしようもないくらいに自分を恨めしく思っている。

どうして無理にでも維月さんのことを聞かなかったんだろう。忘れたままでいいと言っていたけれど、私が維月さんの立場だったら、そんなのは無理だ。

自分だけが憶えているなんて嫌だよ、苦しいよ。

私は維月さんにそんな思いをさせてしまっているんだ。苦しませてしまっているんだ。

なのに、どうすることも出来なくて。こうして真実を知った今、悔いることしか出来ずにいる。
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