春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(…お姉ちゃん、)」


居間から顔を出し、逃がさないと言わんばかりに声を掛けてきたのは私の姉だ。

三日月を逆さまにしたような目で笑いながら、常によからぬことを考えている女性。


「(帰って、きたの?)」


私は彼女に見えないように手を握りしめ、精一杯の作り笑顔を浮かべた。

いつまで続くか分からない飾った表情は、砂の城のようなものだ。

波に飲まれて崩れるように、涙が溢れたら壊れる。


「今何て言ったのぉ?聞こえないよ~。あ、柚羽は声が出ないんだっけ?」


姉はわざとらしい口調で謝るなり、私の元へと歩み寄ってきた。


「心配したんだよ~?あの事故で怪我して、長いこと入院していたんだから」


反射的に、スクールバックの持ち手を握る力が強まった。

姉との距離が縮まるほど、私の足は距離を取ろうと後退る。


「柚羽ってば、聞いてるの~?」


聞いてない。聞きたくない。聞こうとも思わないよ。

貴女は私と彼に、最低なことをして―――


(………“彼”?)
< 27 / 381 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop