春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
ここまでの話と姉や紗羅さんが言っていたことを合わせて考えると、私という存在のせいで多くの人を悲しませてしまったと思う。

私がいなければ、その男が狂うことはなかったのだから。

どうして私は、維月さんが組の力を使おうとした時、止めなかったのだろう。記憶がないから何もわからないけれど、その時維月さんを止めていたのなら、最悪の事態は免れていたかもしれないのに。

思い出さなければ、話にならないよ。


「…昨年のクリスマスの日。“ラストクリスマス”と呼ばれているあの日、男は君と維月さんを襲った」


私は両親から、通り魔に遭遇してしまい、逃げる途中で階段から転落した、と聞かされていたのだが。

それは表向きの話であり、事故ではなく事件であるのが真実なのだろう。


「歩道橋を渡っている時だったそうだ。拳銃を片手に襲いかかってきた。維月さんは君を逃がすために、男と取っ組み合いになった」


朧げだが、そのビジョンは薄っすらと脳に焼き付いている。誰かが私に「逃げろ」と言い、私は「嫌だ」と言っていた。

今なら、それが何なのかは分かる。あれは維月さんと私だったんだ。
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