春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「…維月さんは歩道橋から転落した。君は階段の途中で落下し、頭を強く打った」


それは、あの日の真相で、真実。

だから維月さんは私を捜していたんだ。事故に遭って以来、会えなくなってしまった恋人を。

諏訪くんは開きかけていた唇を閉じ、俯いた。

静かな空間に、振り子時計が時を刻む音が響く。

しばしの時を経て、いつになく真剣な表情をした諏訪くんは、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「男の名前は、諏訪康煕」


「(……え?)」


スワ、コウキ…?

諏訪くんと同じ名字だ。偶然なのかな。

考え始めた私へと、悲しげな眼差しが注がれた。


「僕の兄だよ、柚羽チャン」


消え入りそうな声で、諏訪くんはそう言った。


「僕の兄が、君と維月さんを引き離した。君から声と記憶も奪った。神苑の先代総長も、夏樹の弟も、村井の妹も殺されたよ」


目を見開く私に現実を突きつけるように、さらに言葉を続ける。


「…兄は、多くの命を奪ったんだ…」
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