春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「晏吏」


柔らかに微笑んでいる紫さんは、りとを呼ぶような優しい声で諏訪くんの名前を呼んだ。

その声に反響するように、マグカップの中身が波打つように揺れる。


「柚羽さんはね、あなたを“馬鹿”だって言ったんですよ」


「え…」


そうでしょう?と言うかのように、紫さんは私に笑いかけると、再び諏訪くんへと視線を戻した。


「柚羽さんが、あなたを恨むと思いますか?犯人の弟だからという理由で、負の感情を抱く人間だとお思いですか?」


「そんなこと、思ってなんかない…です」


「ならどうして聞いたのですか?」


「それは……」


私が言いたかったことは全部、紫さんが言ってくれた。

それっきり口を閉ざした諏訪くんは、言葉を探すように視線を彷徨わせている。

お兄さんのことがあったから、私のことを純粋に友達だと思えなかったんだと思う。出来なかったんだと思う。

だって、諏訪くんはやさしい人だから。


「……晏吏」


静寂を打ち破ったのは、紫さんの優しい声だった。
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