春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「おやすみなさい」

「おやすみなさーい!」

「(おやすみなさい)」


入浴と歯磨きを済ませ、後は寝るだけの今。

いつも通りに廊下で別れようとした時、りとの腕を誰かが掴んだ。
弾かれたように振り向けば、そこには困ったような顔をしている紫が居た。


「璃叶。たまには一緒に眠りませんか?」


「え?」


たまには?もう何年も別室で寝ているのに、何を言っているんだ、とりとは思った。


「いいけど、シングルベッドだから狭いと思うよ?」


それでもいいのかと尋ねれば、紫は嬉しそうに笑う。


「構いません」


もう小さくない子供と寝たいだなんて、どうしたのだろう。寂しいのか、寒いのか、それとも気まぐれか。

りとはちらりと横目で紫を見たが、どれも当てはまらないな、と苦笑をこぼした。

男が二人で寝るには狭いサイズのベッドに寝ころべば、紫が毛布を掛けてきた。

そっと隣に入り、子供を寝かしつけるような体勢になっている。


「紫さん、どうしたの…?」


らしくない紫を見て不安になったりとは、震える唇でそう尋ねた。
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