春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
それから過ごした時間は、中身のない空虚なものだった。

刻一刻と時を刻む針の音を胸の内で聞きながら、有限の時を無駄に過ごしていた。

昼休みは聡美とご飯を食べて、五限の英会話はひとり英文の書き取りをして、六限の古典の時間はぼんやりと空を眺めて。

そんな風に、私はごく普通の学校生活を送っていた。


授業を受けて、友達と笑いあって、放課後は遊んだりもした。

それは普通のことなのに。当たり前のことなのに、私は何かが足りない気がしてならなかった。

私は、満たされているはずなのに。


「柚羽、また明日ね」


「(うん。また、明日)」


いつも通りの時間。いつも通りに校門の前で聡美と別れた私は、家に帰るべく足を踏み出した。

今日は風が騒がしい音を立てているな、と。

そう思い、視線を動かした先で。


「―――古織柚羽だな?」


門のはす向かいにある楠の木陰から、待っていたと言わんばかりに男が出てきた。


「(あ、の…)」


「悪いが、俺と一緒に来てもらう」


男は有無を言わせない顔でそう言い捨てると、私の腕を掴んで歩き出した。
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