春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(離して、くださいっ…!)」


声にならない声でそう叫び続けた。

無謀なことだと分かっていたけれど、そうせずにはいられない。


「(離してっ…、私をどこに連れて行くんですかっ!?)」


引き摺るように腕を引かれ、人気のない、薄暗い場所へと連れ込まれていく。


どうしてこんなことになっているんだろう。

私に一体何の用があるの?

この男は誰なの?

どこかで見たことがある気がするけれど、金髪でピアスをしている男の知り合いなんて、私にはいない。


「―――言っておくが、抵抗するなよ?お前にそんな権利はないんだからな」


抵抗してはいけない? どうして?

私は無理矢理連れて来られたのに、抗ってはいけないの?

権利って、なに? 


聞いても、聞いても、何一つ届かない。

何一つ、音にならない。

男の耳には、何も聞こえていない。


ねぇ、神様。

どうして私の声はなくなってしまったの?
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