春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
連れて来られた場所は、汚れた体育館倉庫だった。

しばらくの間誰も使っていないのか、掃除を怠っていたのかは分からないが、どこも埃っぽくて蜘蛛の巣だらけだ。

押し込められるなり強く背中を押された私は、前方に倒れ込んだ。


「(っ…)」


私の体を受け止めたのは、土が付着した冷たいマット。
慌てて手をついて起き上がろうと試みた瞬間、誰かの足が私の手を思い切り踏む。


「(っ……、)」


「あなたが、ユズハ？」


頭上から降り注ぐ声は、若い女のもの。

恐る恐る顔を上げれば、楽しそうに笑う少女が私を見下ろしていた。


大きな黒目。銅器のような白い肌。緩くウェーブがかかった茶髪。

お人形のように可愛らしいこの少女は、確か―――


「古織柚羽、でしょ？」


彼女は私の目線に合わせて身を屈めるとにっこりと笑った。

天使のような微笑み。弧を描く赤い唇。


思い出した。彼女は転校初日に起きた、不慮の事故で怪我をした人だ。

暴走族・神苑とやらの姫である、紗羅さん。

コクリと頷けば、紗羅さんは高らかな声を上げて笑った。
< 31 / 381 >
表紙・目次

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop