春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
君と初めて会ったのは、放課後の屋上。
その端にあるベンチは私のお気に入りの場所。
連日その場所を占領していた君は、寂しそうに笑う綺麗なひとだった。
生徒じゃないのにあの場所に居た理由は、一年が経った今でも分からない。
「俺は、維月」
君は、苗字を教えてくれなかった。
好きな食べ物も誕生日も、星座も年齢も、自分のことを何一つ教えてくれなかった。
「いづき?」
「そうだよ」
「綺麗な名前」
「そうは思わないな。親からもらったものなんて、捨てたくてたまらないから」
その名前以外、私は何も知らなかった。
それでも、惹かれずにはいられなかった。
「…捨ててしまったら、」
どこで生まれ、育ち、何をしている人なのか。
聞いたら、きっと、全てが終わってしまう。
「私が、新しい名前をあげます」
彼は、そんな人だった。