春を待つ君に、優しい嘘を贈る。

彼の優しさに甘えていた私は、気づいてあげられなかったんだ。

気づこうともしなかった。

馬鹿な私は、自分のことばかりで。


「―――…いづきっ…」


気づけなかった。

彼が隠していた無数の傷痕と、秘密に。


「古織っ!?」


全てを思い出した私は、弾かれたようにベッドの外へと這い出た。

意思を連れて来たりとが、突然に行動を起こした私を見て驚愕している。


「何してんだよ、古織っ!」


「離して、りとっ…」


ベッドから出た途端に崩れ落ちた私を、りとが慌てて抱きとめた。
さらに、花瓶を抱えている聡美が病室に現れ、今の状況が飲み込めないという顔をして立ち尽くしている。

私は何かに囚われたように、りとの腕の中で暴れていた。

だって、維月が。

維月が、呼んでいるんだもの。


「やだ、やだ、離してっ…!」


「落ち着けよ、古織っ!」


どうして私は忘れていたの。

あんなにも優しい人のことを。


「やだっ…いづき、いづきっ……、」


取り留めのない感情に支配されそうになった瞬間、頬に痛みが走った。

何度か瞬きをした後、私は我に返った。
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